投稿日:2026.09.16 最終更新日:2026.09.16
元P&G人事が説く、事業課題を支援する人事のつくり方
グローバル化や生成AIの進化により、企業を取り巻く経営環境は急速に変化しています。こうした中、人事部門には、従来の人事業務にとどまらず、「事業課題の達成を支援する」役割がこれまで以上に求められています。
では、人事は何を指標とし、どのように行動すればよいのでしょうか。
本記事では、松井義治氏による「事業課題の達成支援のための人事活動」をもとに、人事の使命や重要指標、「人事の4つの視点」を体系的に整理します。
さらに、戦略的アラインメント、業務改善、能力強化、人事プロセスの強化という4つの実践的な施策に加え、採用やマネジメントにおいて避けるべき「人事の大罪」についても紹介します。
自社の人事機能を見直し、事業への貢献度を高めるための実践的な指針として、人事・採用担当者や経営者の方にぜひご活用いただきたい内容です。
松井義治(まつい・よしはる)氏。HPOクリエーション株式会社 代表取締役。前職ではP&Gなど大手外資系企業4社に勤務し、前半はマーケティング・リーダーとして、後半は日本・台湾・北東アジアのHRディレクターとして活躍。組織開発・教育・採用のリーダーとして業績強化に貢献してきた。教育学博士、MBA、HRMPを保有し、脳科学ベーストコーチ、認定マインドフルネス・ファシリテーター&トレーナーでもある。現在は実践的なワークショップとコーチングを通じて、AIを活用できるリーダーと組織の開発を支援している。
目次
「生成AIとともに働く」時代に人事が向き合うべき経営課題

企業を取り巻く環境は、グローバル化や競争の激化、テクノロジーやサービスの進化によって大きく変化しています。
さらに、コロナ禍をきっかけとした働き方の変化や、地政学リスクによるサプライチェーンへの影響など、企業が対応すべき課題は複雑化しています。
職場では、Gen X、ミレニアル世代(Gen Y)、Gen Zなど、異なる世代や価値観を持つ社員がともに働くことも当たり前になりました。加えて、2022年以降は生成AIが急速に普及し、「人とAIがともに働く」ことを前提に仕事や組織のあり方を考える必要性が高まっています。
こうした経営環境の中で、人事が向き合うべき経営課題は次の5つに整理できます。
- 離職と採用 ― 人材の獲得と定着は、多くの企業に共通する課題です。特に、優秀な人材の採用は年々難しくなっています。
- 人件費とパフォーマンスの管理 ― 人件費が上昇する中、限られた人材でより高い成果を生み出すためには、適切なパフォーマンス管理が欠かせません。
- AIリテラシーと能力強化 ― AI活用が広がる中、社員一人ひとりのスキルやAIリテラシーを高めることが求められています。同時に、その変化を牽引するリーダー自身の能力強化も重要です。
- エンゲージメントと生産性 ― エンゲージメントと生産性には密接な関係があります。社員のエンゲージメントが高まることで生産性の向上が期待できるため、働く意欲や組織への関与を高める取り組みが重要になります。
- 管理職の強化と次世代リーダーの育成 ― 組織の持続的な成長には、現在の管理職のマネジメント力を高めるとともに、将来組織を担う次世代リーダーを計画的に育成していくことが欠かせません。
まずは、自社がこの5つのうち、どこに課題を抱えているのかを整理すること。
それが、人事施策を考える第一歩となります。
人事の使命は「6つの指標」でバランスよく測る

人事部門の使命は、世界最大の人事団体SHRMの定義に基づくと
- 企業文化 ― 企業のミッション達成に向けて、社員が共通の方向性を持ち、協力して行動できているか。
- 1人当たりの収益 ― 従業員1人当たりが、どれだけの収益を生み出しているか。
- エンゲージメント ― 社員が意欲を持って仕事や組織に関われる環境や仕組みをつくれているか。
- 能力水準を満たす社員の割合 ― 組織が求める能力水準を、十分な割合の社員が満たしているか。一つの目安として、8~9割以上が求められます。
- 公正な給与・福利厚生 ― 社員が納得できる、公平性のある給与・福利厚生の仕組みが整っているか。
- ウェルビーイングとDE&I(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン) ― 社員の心身の健康が保たれ、多様な人材が公平に機会を得ながら活躍できる環境が整っているか。
重要なのは、どれか一つだけを高めるのではなく、これら6つをバランスよく実現していくことです。それが人事部門の成長だけでなく、企業全体の持続的な成功にもつながります。
人事の各活動を連動させる
人事部門の活動は、採用だけにとどまりません。採用した人材を育成し、その能力を発揮してもらうためのパフォーマンスマネジメントへとつながっていきます。
さらに、社員が安心して働くための基盤となるトータルリワード(給与・福利厚生)や、組織文化を支えるエンゲージメント、DE&I(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)も、人事が担う重要な領域です。
こうした活動は、それぞれを個別に進めるだけでは十分ではありません。採用、人材育成、評価・業績管理、報酬、エンゲージメントなどを一つの方向性のもとで連動させる必要があります。
そのために欠かせないのが、「戦略的な人事」という考え方です。
人事戦略は企業のMVVから始まる
人事計画や人事戦略は、人事部門だけで独立して考えるものではありません。
出発点となるのは、企業のミッション・ビジョン・バリュー(MVV)です。 まず「会社として何を目指すのか」を明確にし、それを実現するための企業戦略を策定します。そのうえで、企業戦略を実行するためにはどのような人材や組織が必要なのかを考え、人事・組織戦略へと落とし込んでいきます。
そして、戦略の実行を左右する重要な要素の一つが組織文化です。 どれほど優れた戦略を立てても、それを実行できる文化や組織が整っていなければ、 期待する成果にはつながりません。
だからこそ、必要な組織文化を意図的につくっていくことも、 人事戦略における重要な役割の一つです。
人事の4つの視点|「85%はアドミン業務」という現実
自社の人事機能がどこに偏っているのかを把握するうえで参考になるのが、デイビッド・ウルリッチ氏が提唱した「人事の4つの役割」です。
この考え方では、人事の役割を「人」と「仕組み」、「戦略」と「日常管理」という2つの軸で整理します。
横軸は右に行くほど「人」、左に行くほど「仕組み」に重点を置く視点を示し、縦軸は上が「戦略」、下が「日常管理」を表します。

| 名称 | 役割 |
|---|---|
| アドミン・エキスパート | 人事の制度やプロセス、ポリシーを整備し、社員が使いやすく、必要以上に時間を取られない仕組みをつくる |
| エンプロイー・チャンピオン | 社員の状況やニーズを理解し、その声を組織に届けながら、社員が力を発揮できる環境をつくる |
|
チェンジエージェント |
戦略の実行に必要な行動やマインドの変化を促し、社員や管理職との対話を通じて組織変革を支援する |
| ビジネスパートナー | 経営陣と方向性を共有し、会社のミッションや事業戦略の実現につながる人事・組織戦略をともに考える |
ウルリッチ氏の当時の調査では、人事担当者が業務時間の約85%をアドミン業務に費やしていたとされています。
日々の人事業務を安定して運用することはもちろん重要です。一方で、アドミン業務に多くの時間を取られ、社員との対話や組織変革、経営戦略への関与に十分な時間を割けていないのであれば、人事機能全体のバランスを見直す必要があります。
そのためには、まず経営陣と人事が事業戦略や組織の方向性を共有することが重要です。そのうえで、社員への理解を深め、管理職と社員の対話を促しながら、必要な変化を組織全体に広げていきます。
同時に、日常業務そのものを効率化する視点も欠かせません。制度やポリシーが複雑になりすぎていないか、社員や人事担当者が必要以上に時間を費やしていないかを見直すことも、人事がより戦略的な役割を担うための第一歩です。
人事部の採用、教育、給与/福利厚生、
会社の成長を支える4つの施策
会社の成長を支えるために、人事が取り組むべき施策は、大きく4つに整理できます。
① 戦略的アラインメント
まず重要なのが、企業の方向性と人事施策を一致させる「戦略的アラインメント」です。
企業のミッションや事業戦略について経営陣と認識をそろえ、その実現に必要な企業文化や価値観、求める人材像を明確にします。そのうえで、人事としてどのような方針を取るのか、何をもって成功とするのかを指標として設定します。
同時に、組織の現状を正しく把握することも欠かせません。
エンゲージメントやDE&Iに関する調査だけではなく、組織全体の状態や社員の特徴・課題を把握するための組織診断や社員分析も重要です。
「目指す姿」と「現在地」の両方を明確にすることで、必要な人事施策が見えてきます。

② 業務改善の支援
業務改善では、単に新しいツールやAIを導入するのではなく、まず既存の業務そのものを見直すことが重要です。
基本となるのは、「簡素化・標準化・機械化」の3ステップです。
まず、不要な業務や複雑なプロセスを整理して簡素化します。次に、業務の進め方を標準化し、そのうえで自動化やAIの活用を検討します。
つまり、最初からAIやシステムを導入するのではなく、「そもそもこの業務は必要なのか」「もっとシンプルにできないか」を先に考えることが重要です。
また、すべての業務を人から機械へ置き換えるのではなく、人とAIがそれぞれの強みを生かして協働するプロセスを設計する視点も求められています。
RPAなどによる自動化も取り入れながら、人がより付加価値の高い業務に時間を使える環境をつくっていくことがポイントです。
③ 能力強化
組織全体の能力を高めるには、まず経営陣やリーダー層から変えていくことが重要です。
経営陣が共通の方向性や価値観を持つことで、その考え方が管理職、そして社員へと組織全体に広がっていきます。
そのため、能力強化はまず経営陣から始め、次に管理職のリーダーシップや人材育成力を高めていきます。さらに、AIを活用する能力を強化し、最終的には社員一人ひとりの能力向上へと広げていきます。
その際に欠かせないのが、各役職やポジションに求められる能力を明確にすることです。必要な能力と現在の能力とのギャップを把握し、それを埋めるための育成プログラムを設計・提供していく必要があります。
④ 人事プロセスの強化
4つ目は、採用や育成、評価、報酬など、人事プロセスそのものを強化することです。
まず必要なのは、人事施策の成果を測るための指標を明確にすることです。例えば生産性を高めるには、それぞれのポジションに必要な能力を持つ人材が配置されている状態をつくる必要があります。一つの目安として、少なくとも8割のポジションで求める能力水準を満たすことが挙げられます。
報酬についても、各ポジションに適切な給与レンジを設定し、その範囲の中で公平性を保つことが重要です。必ずしも業界で最も高い給与を提示する必要はなく、給与以外も含め、社員が意欲や納得感を持って働ける環境を整えることが求められます。
そして重要なのが、採用・人材育成・給与福利厚生・パフォーマンスマネジメント・組織開発を個別に考えないことです。
これら5つの活動領域を、企業のミッション・ビジョン・バリュー(MVV)や事業戦略を軸に、共通のKPIを設け、一貫して設計することで、人事施策が連動して会社の成長へとつながっていきます。
「人事の大罪」を避ける採用とマネジメント
ここまで、人事が事業課題の達成を支援するための考え方や施策を見てきました。一方で、組織の成長を妨げないためには、人事として避けるべきことを理解しておくことも重要です。
松井氏は、特に注意すべきポイントとして、採用とマネジメントにおける3つの「人事の大罪」を挙げています。

① 会社に合わない人を採用する
一つ目は、会社の価値観や企業文化と合わない人材を採用することです。
採用では、経験やスキルだけを見るのではなく、企業が大切にしている価値観と候補者自身の価値観や考え方に共通点があるかを見極めることが重要です。
能力が高くても、組織が目指す方向性や文化と大きなずれがあれば、本人にとっても企業にとっても望ましい結果にはつながりません。
だからこそ、採用においては「何ができるか」だけではなく、「どのような価値観を持ち、何を大切にして働く人なのか」まで確認する必要があります。
② マネージャーの資質がない人を昇格させる
二つ目は、マネージャーとして必要な資質を十分に備えていない人を、管理職に登用することです。
個人として高い成果を上げることと、人を率いることは同じではありません。営業力や専門性、優れたアイデアがあるからといって、必ずしも優れたマネージャーになれるとは限りません。
マネージャーに求められる重要な資質の一つが、人としての誠実さです。周囲から見られているかどうかにかかわらず、正しい判断や行動ができるか。その姿勢は、部下との信頼関係や組織文化にも大きな影響を与えます。
管理職への登用では、これまでの成果だけでなく、人を育て、組織を率いるための資質を持っているかを慎重に見極める必要があります。
③ 十分に役割を果たせていないマネージャーを放置する
三つ目は、マネージャーとして十分に役割を果たせていない状態を、そのままにしてしまうことです。
マネージャーの影響は、本人だけにとどまりません。特に新しく入社した社員にとって、最初にどのようなマネージャーのもとで働くかは、その後の成長やエンゲージメントにも大きく関わります。
そのため、優れたマネージャーを増やすと同時に、課題を抱えるマネージャーには必要な育成やサポートを提供し、マネジメント力を高めていくことが重要です。
採用によって優れた人材を迎えても、その力を引き出せるマネージャーがいなければ、組織として十分な成果にはつながりません。採用とマネジメントを一体として考えることが、人材を生かす組織づくりの基本となります。
まとめ
事業課題の達成を支援する人事になるための出発点は、企業のミッション・ビジョン・バリュー(MVV)です。
MVVを起点に企業戦略があり、それを実現するための人事戦略・組織戦略へとつなげていく。この一貫した流れをつくることが、戦略的人事の基本となります。
そのうえで、今回紹介した「人事部門の使命と6つの指標」や「人事の4つの視点」を、自社の人事機能が現在どのような状態にあるのかを確認するためのものさしとして活用できます。
さらに、実際の変革に向けては、戦略的アラインメント、業務改善、能力強化、人事プロセスの強化という4つの施策を、自社の課題に合わせて進めていくことが重要です。
同時に、会社に合わない人を採用しないこと、マネージャーの資質を適切に見極めること、そしてマネジメント上の課題を放置しないことも、組織の土台を守るうえで欠かせません。
重要なのは、人事施策を個別に進めるのではなく、企業の目指す姿から逆算して一貫性を持たせることです。
今後1カ月で何を始めるのか。そして、12~18カ月後にどのような組織を実現したいのか。
具体的な時間軸を持ってこの問いに向き合い、行動へとつなげていくことが、事業の成長を支えるこれからの人事に求められています。
キャリアスカウトジャパンは、外資系中小企業の経理・財務、人事、SCM・物流分野に特化した人材紹介会社です。専門性と英語力の両方が求められるポジションの採用をお考えの際は、ぜひご相談ください。
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